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鬱病と闘いつつ、沢山の友達に支えられて生きていく姿を晒しています。
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じゃなかった。
結論から言うと、膠原病の疑いはほぼ消えた。
(ほぼってのが味噌ねw)
炎症反応は尋常じゃないほどあるにせよ、自己攻撃抗体が発見できないので。

朝5時半に起きて、朝7時の高速バスで仙台に母を付き添いにして向かう。
ああ。悔しいが1人じゃ動けん。
朝8時過ぎには仙台到着、タクシーを拾ってもらい乗車。
8時半前には東北大学病院に到着。
この時点で俺の脚はあぼーん。
無理やり歩こうと試みるも断念して車椅子に。
紹介状が無いから、直接各課に行くのは駄目だといわれて、仕方なく総合診断課というところへ生かされる。
しばらーーーくまたされ(腹立つほど待ったが以降表現割愛)
問診の際、「膠原病多発性筋炎の可能性あるから大学病院に診てもらえといわれました」と言ったら鼻でふっと笑われて、でも紹介状もらってないんでしょ。たいしたことない、たいしたことない。って顔された。
「ま、とりあえず血液検査しましょ。それからどの課で診るか決めます」
ちうこって、血液検査、心電図をとった。
それから4時間待たされて、なんか俺順番飛ばされてるなと思ったら。
途中で看護士がこっそりやってきて「遅くてすいません、相談したいことあるので」って
人気がなくなるのを待って一番最後に相談?
よっぽど悪いのか?
がん宣告か?
そしていよいよ待合室が空になったら私の番。
「えーっとですね。炎症反応が非常に強くでていましてね。」
資料を指すボールペンが泳いでいる。
「ちょっとまってくださいね。」って医師がバックヤードに消え、看護士たちに指示している。
(何々先生の電話番号を調べてくれ、大至急)
「ちょっと、もっと詳しく診てくれる専門の先生に診てもらおうと思うのです」
笑顔で言ってるんだけど、なんか焦ってる感じが伝わった。
ちょっとごめんなさいね。って何度も診察室から裏に出て行くし。
(○○先生?総合診断課ですけど、えっとですね、外来の患者さんで血液データがちょっと考えられないデータの人が居まして、ええ、はい、数値がですね・・・・・)
おっさん、聞こえてる。そいうの聞こえない場所でやれやw
患者余計不安になるやんw

ちうこって、血液抵抗課膠原病専門医の人に急遽回された。
人がまだ待っているのに、一番最初に診察室に入れられて。
「炎症反応はうーーん高いんですけど、自己抵抗が無いですからねぇ」
「もう一回検査してもらっていいですか?」
この先生は落ち着いてる。
そんなデータいつもみてるわいって顔。
でもまだ確信がもてないらしい。
再度問診、血液検査もやり直し(量が増やされた)
そして、診察室から出された後、何度かに分かれてまたその先生が待合室にやってきてそのたび、検査項目が増えていった。
こりゃ、一気に解決に持っていく気だな。
尿検査2種類、血液検査のメスシリンダー?通常は3本なんだけど8本。
のどの奥の菌を見る検査。そして点滴。
点滴してる間に先生がやってきて、えーまだわからないですけど、検査結果によっては入院の可能性もありますが大丈夫ですか?みたいな事を話して行かれる。
またやってきて、通院するの大変ですから、私週1回石巻の日赤病院に言ってますので、そこにきてもらえますか?紹介状だしておきますから。
またまたやってきて、検査結果でました。膠原病の可能性はほぼなくなりました。
ほっ(安堵)
で、点滴終わったら、帰っていいとの事。
そして後から母に聞いたら、なるべく早めに日赤に来るように念を押されたとの事。
もし、その前に病状が悪くなったら、待たないで一刻も早く別な病院に行くようもう一通紹介状書いてもらうことになったとの事。
んー、帰れるけど予断は許されないって状態って事か。
そして会計が済んだのが午後4時半。
うへ。丸一日かかったじゃん。
母もぐったりしていた。
それから、昼飯も食べてなかったので近くのスーパーで弁当を買い二人で食事、ついでに一回目の薬を飲む。
その後ちょっと休憩してからタクシーにのり、バス乗り場へ。
で、帰宅したのが夜8時過ぎ。
マジで疲れたや。
ま、なんにせよ入院しないですんでよかったし、膠原病じゃなくてよかった。

原因は、何かの感染症の可能性が高いってことしかわからなかった。
それが元で、各部が炎症したのだろうって事だ。
とりあえず痛み止めと、炎症を抑える抗生物質を飲んで様子を見るって事に。
ステロイドを出されなかったことから、やっぱり膠原病の可能性は無いのだろう。
(前日さんざんネットで調べたのでね)
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痛さで3時間で目が覚める。
キーボードはもはや指一本でしかおせない。
そう約束してたのに。

やっぱ、全部叶わないことになってるんだね。

まともに仕事することも。
まともに恋することも。
俺には生まれながらそういう運命が背おわされているんだろう。
明るい未来を想像することさえ許されない。
斉藤家もこの代で潰えるんだな。
親不孝ものでごめんなさい。

この一年帯広で過ごせてよかった。
大切な友達と、ハルとハヤテと幸せな時間を過ごせたことに感謝。

すべて処分しないとな。
あまりに痛みが続くので、今度は真壁病院(総合病院)に電話してみた。
今日は休みだというが、症状を言うと診てくれるとの事。
母が乗せていこうかという物の、お昼ちかくだったので母が居ないと父も祖母もご飯が困ると思うので、自分で運転していった。
鎮痛剤が効いてるから、痛むとはいえ運転できないレベルでは無かったので。

便の状態や、あれこれ状態を聞かれた。
「前もどこか同じように痛くなったことありませんか?」と聞かれてので
ええ、5年ぐらい前に腕が・・・
「左腕ですね?」
(なんで左だってわかるんだよ。)
はい。
しばらく先生が考え込んでいて、
膠原病の可能性ありますね。
もっと大きい病院、大学病院で診て貰った方がいいと思います。
「自宅はクーラーついてますか?」
いえ、無いです。
「水分はちゃんと取ってますか?」
はい、頻繁にとってます。
「食欲はありますか?」
ないです。
「冷たいものでもいいので、ちゃんととってください」
「今日は誰かと来ましたか?」
いえ、1人できました。

あぁ。今度は膠原病かぁ。。。
まだ決定ではないにしろ。

やんなるなぁ。
病気病気また病気。
俺、なんのために生まれてきたの?
苦しむため?
体痛いんすけど。
体中複雑骨折かってくらい。
(それはおおげさ)
歩行するにも秒速5cmぐらいでしか歩けない。
俺はご老人か?
鎮痛剤効いてるうちはよかったんだけどなぁ。
なので、結局眠れませんでした。うひ(笑)
いあ、もしかして細かくは寝たのかもしれないけどね。


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